意外なことに屋上も混んでいた。しかも、ぱっと見たところすべての人たちは二人以上のグループでここに来ているらしかった。
「あれ、ここにいると思ったんだけどな」
1人で屋上に現れた自分が妙に気恥ずかしくて、かなりわざとらしく呟きながら奥のほうへと進んでいく。無遠慮な視線を浴びながら、給水塔の陰のほうに回りこむ。
「……いた……」
北風を全身に浴びるその場所で、河合はひとりでフェンスにもたれて下を向いていた。こちらの気配に気づいたのか、顔を上げる。
「よぉ」
「……こんにちわ」
「何やってんだ、こんなとこで」
「……別に」
「ふーん」
斜め正面の壁にもたれるように座り込みながら、買ってきたあんぱんの袋を開ける。
「市本君は、何しに来たの」
不意の声に見上げると、意外に大きい瞳がまっすぐに俺を見ていた。何の脈絡もなく、空の蒼さがまた目に入ってきた。
「うん、めし」
「昨日も、来てたよね」
「ああ、まあな」
あいまいに答えてパンをほおばる。飲み込むまで、河合は黙ったまま俺の事を見ていた。
「そんなに見つめられると結構照れるんだけど」
「ご、ごめんなさい……」
あわてて目をそむけて、うつむいてしまう。頬が心持ち赤くなっているのがここからでもわかった。
「いや、別にそんなに気にしてないんだけどさ。そういや河合は何で屋上なんかにいるんだ?」
しかも寒い北側だ。
「……」
うつむいたまま、上目遣いでこちらを窺うように見上げている。
「市本君、笑わない?」
小さな声で、呟くように聞いてくる。
「ああ、たぶん」
別に根拠は何もないが、こういうときはうなずいておくに限る。
河合はそれでもなおためらっているようだったが、意を決したかのように、本当に小さな声で言った。もしその瞬間に風がちょっとでも吹き付けていたら、それは風にかき消されてしまったかもしれない。
「空に、近いから」
「……はっ?」
何を言っているんだ、河合は。
「ご、ごめんね、変なこと言って。そ、それじゃ」
呆然としている俺を尻目に、河合はぎこちなく言ってフェンスを離れて向こうへと行ってしまった。
「お、おい」
あわてて追いかけたが、給水等の影から俺が顔を出すと、ちょうど河合は校舎の中へと入っていくところだった。
「……なんだったんだ……」
仕方なくあきらめて、さっきの場所まで戻る。昼飯のパンを二つも食べ残してしまった。
パンを拾い上げて立ち上がる。とそこへ予鈴が鳴り響いた。
「やべっ」
あわてて校舎内へと戻る人たちにまぎれるように屋上の扉をくぐる。
(空に、近い……か)
なんだか不思議な響きの言葉だった。
"Riven",a tiny love story's here